ユーリは傷の痛みに顔を顰める。
思ったより、傷が深い。 おそらくもう…逃げられないだろう。 人気のない郊外にある、無人の教会。 以前、ここに潜伏していたテロリストたちを、自分の炎で一掃したことがある。 そんな場所で最期を迎えるなんて、皮肉なものだ。 あちこちがまだ焼け焦げたまま残されていて、今にも崩れそうだ。 いっそのこと崩れて、全てを押しつぶしてくれたらいいのに。 だがそんな楽な最期なんて、罪人にはないのだと誰かが嗤った。 「見つけたぞ、ルナティック!」 無人の教会に響く力強い声。 (ああ…) あなたで良かったと、喜ぶべきか、悲しむべきだろうか。 月明かりに照らされて、白のヒーロースーツは眩しいくらいだ。 ルナティックの仮面はすでに剥がれ落ちていた。 いや、とうの昔にそれは剥がれてしまっていた。 剥されてしまったのだ…彼に。 もし、彼と会わなかったら。もし、彼に愛されなければ。 狂気のままでいられたのに。 「君、は…」 ユーリの姿を見て、彼は戸惑う。 だが、思ったよりも動揺していないように思えた。 「…あまり、驚かないのですね」 彼はゆっくりと、そのマスクを外した。 銀に輝くヒーローの顔から、ユーリを愛してくれた男の顔になる。 「なんとなく…そんな気がしていたよ」 反対にユーリが驚くほど、キースは冷静に答えた。 教会内が沈黙に包まれた。 あまりにも静かで、讃美歌でも聞こえてきそうだ。 キースがゆっくりと近づいてくる。 何を思っているのか、その表情からは何も読み取れない。 ただ、優しい顔だと思った。 こうして最後に見たのが、キースで良かった。 キースの笑顔が好きだったが、そこまでの贅沢は言わない。 なぜと罵る声でも、自分を裏切ったのかと憤る顔でもなく、この期に及んでなお、ユーリを慈しむかのような顔なのが、ユーリにとっては唯一の救いになった。 もうそれだけで、十分だ。 「さあ…どうぞ。私を捕まえてください、Mr.ヒーロー」 ユーリはその手を差し出す。 傷から溢れた血で、真紅に染まっている。 「捕まえて。そうすればきっと、あなたはまたキングの座に就くことも叶うでしょう」 不思議なほど、穏やかな気分だった。 自然と笑みが零れる。 血に濡れた手をキースが取る。 その瞬間を、静かに目を閉じて待った。 静寂な時が流れた。 訝しんだユーリは目を開ける。 思ったよりも近くにキースの顔があった。 キースは笑っていた。 ユーリが好きな、キースの無邪気な笑顔。 そしてキースはゆっくりと跪くと、ユーリの手にキスをした。 「キース…っ?」 誓いのキスは優しい炎のようにユーリの手に灯った。 「ずっと、考えていたのだ…その時がきたら、私はどうしようかと」 キースは半ば強引にユーリを引き寄せる。 よろけるユーリを、全身で受け止めた。 いつもと変わらない、その腕の中で、ユーリは必死にもがいた。 「何を、言って…貴方は、何を…!」 それは駄目だと、彼を止めなければともがく。 だけど嬉しくて、抑えられずに涙が溢れた。 「逃げよう」 「一緒に逃げよう、ユーリ」 これって続き物のラストに使ったら良くね? …という心の声を無視してあげます 本当はこれ、漫画で考えていたんですが いかんせん、私の画力じゃ不可能もいいところだったので 文章にしました(文章でも不可能とかは言わない約束) 続き物のラストは、実ははっきりとは決めかねています ユーリ=ルナティックは避けられない現実なわけで それに直面した時、キースはどういう行動を取るんだろう? …というのを測りかねています これは、ある意味一番良くないけど、 個人的には一番嬉しい結末を思い切って捏造しました ただ、跪くキース(スカイハイ)が書きたかっただけともいう ごくごく短い後日談 |