もうずいぶんと、遠くに来たような気がする。
 この土地の名を、ユーリもキースも知らない。
 おそらくここに慣れる頃には、また次の場所を探して移動しなくてはいけない。
 世間の目を逃れて、追手を気にしながらの逃亡生活。
 けれど、少しも辛くはなかった。
 全てを受け入れて、全てを捨てて、共に生きる覚悟を決めたのだ。

「ユーリ!」

 短く切った髪を風に遊ばせていると、空からキースが降りてきた。

「そろそろ行こう。向こうで怪しい動きがある」
「そうか…残念だな。あそこのカフェのハニートーストは美味しかったのに」

 残念そうに呟いてみたが、未練は少しもなかった。

「はい」

 キースは紙袋を差し出した。
 袋越しからも、甘く良い香りが鼻をくすぐる。

「無理に頼んで、包んで貰ったのだ。これを食べる時間くらいはあるよ」

 早速袋を開けて、分厚いトーストを齧る。

「…全く、貴方という人は…」

 ユーリは思わず吹き出した。

「ん、なんだい?」

 指についた蜂蜜を舐めながら、キースは首を傾げた。

「いいえ、なんでも」

 静かな風が通り過ぎる。
 甘い香りを乗せて、誰も知らない、どこか遠くの場所へと吹き抜けていった。