銃口を向けた先の男の顔が恐怖に引きつった。
 プライドを捨てて地べたに這いつくばるような格好の男は、醜悪だった。
 アキラは思わず顔をしかめる。

「た、頼む…せめて、家族のい、命だけは…!」

 這いつくばり額を地面に擦り付けて懇願される。
 醜い曲線を描く男の背の向こうで、怯えた顔の妻子がこちらを見ていた。

 子供はまだ赤子と言っていいほど幼い。
 けれどこの状況の恐ろしさは理解できるのか、先ほどからぐずぐずと目と鼻を濡らしていた。

 男の必死の願いに…アキラは唾でも吐きかけてやろうかと思った。
 この男は自分の犯した罪の重さがわからないのだろうか。
 わかっているのなら、この期に及んで命乞いなどしないはずだ。
 それも都合よく、自分の大切なものだけ救おうとしている。
 美談にも聞こえるが、アキラからしてみれば虫の良すぎる話だった。

 罪人にはそんなものを主張する権利などない。
 この世界の絶対の支配者に―シキに逆らうという、最も重く愚かな罪を犯したのに。

 アキラは男に向けていた銃口を、後ろに向ける。
 幼子の頭はもろく、呆気なく吹っ飛んだ。
 自分の腕の中で息絶えた我が子を茫然と見つめた妻は、一瞬おいて人のものと思えぬような叫び声をあげた。

 アキラの顔が恍惚の笑みを浮かべる。
 妻子に駆け寄ろうとした男を遮るように、二発目の銃弾が凍てつくような正確さで妻の額を貫く。
 目の前で大切なものを奪われ、男は絶望に雄叫びをあげた。

 そう、それでいい。
 シキに逆らう者は全て、己の愚かさを、犯した罪の重さを思い知れ。
 絶望を味わい、そして―

「死ね」

 澄み渡った青い空に、断罪の銃声が響き渡った。



「早かったな」

 書斎でアキラを迎えたシキは、戻ってきたアキラの姿を見て満足そうな笑みを浮かべた。

「どうした、随分と昂ぶっているようだな?」  軍服の帽子から覗く前髪は少し乱れていて、瞳は熱を帯びて潤んでいた。

 生々しい血が付いたままの頬は火照って薄らと紅潮していた。

 罪人を処刑したあとのアキラはいつも酷く興奮した様子で帰ってくる。
 普段は静かにシキの後ろに佇んでおり、前に出るときも常に冷静でポーカーフェイスを崩さない。
 そんなアキラが鮮血に濡れて高揚する様は、息を呑むほど扇情的だ。

「来い」

 命令するときと同じ口調で、アキラを呼ぶ。
 当たり前のようにアキラはシキの足元に跪いた。

「総帥…」

 その声音すら熱を帯びていて、吐き出される吐息も甘く艶めいていた。

   手袋をつけたままの手で、頬の汚れを拭ってやる。
 血はすでに乾いて、アキラの頬に赤黒くこびりついていた。

「いけません、総帥」

 アキラが優しく咎めた。

「こんな、愚か者の汚い血で、総帥のものを汚すなんて」

 汚れた手袋を丁寧に外すと、露わになったシキの美しい指にそっと口付けた。

「新しいものを用意させます。こちらは処分させていただいてもよろしいでしょうか?」

 汚れたので、と言いつつ、アキラはそれを勿体なさそうに握りしめた。

「好きにしろ」

 アキラの形の良い唇に指を這わせる。

 唇を割って歯列をなぞると、シキの指にアキラの熱い舌が絡んでくる。

「ふ…」

 吐息はさらに熱を増して、甘くシキの指を包み込んだ。

「来い」

 シキが呼ぶと、待ちかねたようにアキラはシキの膝の上に乗った。

「シキ…」

 艶めいたアキラの声が、シキの唇に吸い込まれる。
 アキラはそっと目を閉じて、ほのかに香る血と、シキの色香に酔い痴れた。



劣情