The one that shines there.



「悪かった、な」

 歯切れの悪い謝罪の言葉が、余計に気に障る。
 彼はいったい、何に謝っているのだろう?

「何がですか?」

 バーナビーはわざと恍けてみせる。

「いやその…結婚してたこと、言ってなかっただろ」

 ああ、とバーナビーはたいして気にしていない風を装ってみた。
「そんなこと、いちいち聞かなくてもわかりますよ。指輪、いつもしていたでしょう?」
「そうだな…」

 虎徹はまだなにか言い足りないようで、もごもごと口の中で何か呟いている。

「ま、奥様が亡くなっていることや、お子さんがいらっしゃることまではわかりませんでしたけど」
「だから、ごめんな。ちゃんと言うべきだった」
 今更としか思えない言葉を、よく平気で言えるものだな、と感心さえしてしまう。
 その言葉を、謝罪などしなくていい時に聞きたかったのに。

「言うタイミングがなかったというか…お前も、何も聞いてこなかったし」
「僕のせいでもあるって言いたいんですか?」

 心の中だけに留めておいた言葉が飛び出した。
 虎徹が一瞬、目を丸くする。

「そうじゃない。でも、それをいいことに避けてたのも確かだ」

 だからごめん、と虎徹は頭を下げた。

「でもこれだけは…今はお前の事も大切なんだっていうのはホントだよ」
「…それなら、外してみてくださいよ」

 少し、いじわるをしてみたいだけだ。
 虎徹があまりにも素直に言葉をぶつけてくるから。

「指輪。その手で触れられるの…本当は嫌いなんです」

 さて、どう出るだろう?
 自分と家族と、どちらが大切なのかと、どうしようもないことを天秤にかけさせている。
 ひどく、暗い気分だった。
 虎徹はしばらく指を見つめていた。
 迷っているのか、その表情からは何も読み取れない。

(やっぱり、無理か…)

 別にそれでも良かった。
 捨てられないものが多すぎて、それでもまた抱えていく。
 全てに手が回るほど器用でもないくせに…けれど、そんな虎徹だからこそ、バーナビーは惹かれたのだ。

「虎徹さ…」

 おもむろに、虎徹は銀の輪に手をかけた。
 関節のあたりまで外しかけたそれを、バーナビーは慌てて止めた。

「何してるんですか!」
「外して欲しかったんだろ?」

 虎徹は何事でもないように笑ってみせた。
 胸の奥に溜まっていたものが、全て洗われていくような気がした。

「それは…」

 強く腕を引かれて、抱き寄せられた。
 アルコールと、嗅ぎ慣れた虎徹の匂いがする。
 いつもよりも暖かいその場所が、心地良い。

(本当に、この人は…)

 なんて馬鹿なんだろう。
 それを許してしまう自分も。
 子供をあやすように背中を、頭を撫でられる。
 右手で撫でるのは、先程の言葉を気にしているのだろうか。

 全てを捨てる必要なんてない。
 たとえいつか、そこから何かを捨てなければいけない時が来たとしても。
 今はただ、この温もりに酔っていたかった。









何番煎じかって勢いの、9話で語られた既婚者妻子持ちな件について・完結編
続くってしちゃった手前、無理やり終わらせてみました