14話を見た直後に考えた話に、
後に明らかになっていった虎徹の能力減退を絡めた
完全なパラレル話です
死にネタ注意報

笑って許せる方はどうぞ




























 手を伝う生暖かい血。
 鮮血は視界までも染めて、感覚のすべてを奪っていく。
 酷い耳鳴りのなか、腕の中の彼は最後に…―



 僕の描いていた夢の中には、あなたの姿もあったのに。



 この一年、常にバーナビーの隣にあった彼。
 単純で要領が悪くて不器用で。
 おせっかいのくせに空気が読めなくていつも失敗ばかりで。
 でも正義感だけは人の何倍も強くて、どこか憎めない彼。
 いつのまにか人の心に勝手に居座って、いつのまにか皆彼に振り回されて、惹かれていく。
 おそらく周り人間全てが、こんな事態になることなど、想像もしていなかっただろう。

 彼…虎徹が、ヒーロー達の敵になるなんて。

 広いスタジアムに一陣の風が吹き抜ける。
 人気のない、しんと静まり返ったスタジアムの真ん中に、彼はいた。
 陽の光はせわしなく雲の間を行き来して、虎徹の姿をチカチカと照らしていた。

「よお、バニー」

 バーナビーに気付いた彼は、気さくに片手をあげた。
 その姿はいつもの虎徹そのものだ。いや、かつての、と言った方が正しいだろうか。
 バーナビーは冷静を装おうと必死で表情を保っていたが、虎鉄のその様子だけで顔が崩れてしまった。
 一瞬でも緩んだ気持ちはもう元のように戻ってくれなかった。
 視界が揺らめいた。
 堪える間もなく、頬を涙が伝っていく。
 いつから、自分はこんなにも脆くなってしまったのだろう、と自問する。

「なんだよ、泣くなよ」

 虎徹は困ったように笑った。

「どう、して」

 声が掠れて上手く話すこともできない。
 何か言おうとして、それだけ言うのがやっとだった。

「そうだな…どうしてだろうな」

 虎徹はおどけたように首を傾げてみせる。
 そんな仕草の一つ一つがいつも通りの虎徹で、バーナビーは胸が締め付けられた。

 虎徹が変わってしまったのはいつの頃からだろうか。
 今から思えば、あの楽屋泥棒の一件からだったのかもしれない。
 あの頃の自分は平穏な日々に酔っていて、犯罪を防ぐ立場にありながら危機感や緊張感などまるでなかった。
 考えていたのは穏やかな今と、明るい未来のことばかり。
 傍で苦しんでいた虎徹の事にまるで気が付かなかった。
 能力が衰えていることは気付いていた。
 けれどそのことで虎徹が悩み、病んで蝕まれているなんて、想像もつかなかった。
 不器用だとばかり思っていた虎徹が、苦悩を悟られないように明るく振る舞い、気を使われないようにといつもの調子を崩さなかった。
 今から思えば、言葉や行動の端々に不審なところはあった。
 それになぜ、気付かなかったのだろうと…後悔した時には、もう手遅れだった。

 能力の発動時間が短いことをカバーする為、虎徹は能力を爆発的に高めて使うようになった。
 最初は偶然にできた事なのだろうが、次第に自らの意思で発動できるようになっていった。
 それが、能力の衰えに拍車をかけるとは知らずに。
 強すぎる力が、人間の体をいともたやすく壊してしまうのだと気付かずに。
 暴走した力のまま、虎徹は人の命を奪ってしまった。
 犯人の体をいとも容易く貫いた虎徹の拳。血に濡れた拳を茫然と見つめる虎徹の姿は、今でも目に焼き付いている。
 その後、逃亡した虎徹は神出鬼没に現れては犯罪者たちを屠っていった。
 さながらルナティックのようだったが、彼は己の正義の元に行動していたのに対して、虎徹には正義などというものは微塵も感じられなかった。
 虎徹は正義のつもりだったかもしれない。けれど、現場の凄惨さは誰もが目を背けるほどだった。
 それは、ただの殺戮だった。
 幸い、虎徹―ワイルドタイガーが殺人を犯したシーンはカメラに映っていなかった為、事は伏せられ、今も一部の人間しかこのことを知らない。
 ヒーローTVは番組改編の名のもとにしばらく休止することとなり、その間に、ヒーロー達が総出で虎徹を逮捕…それが困難な時はその場で断罪しても構わないと、当局から特別の指示が下った。

 バーナビーは、積極的に虎徹の捜査に加わった。
 ここ数日は、寝食さえ忘れるほどに。
 虎徹を捕まえたい一心で、というよりは、虎徹にただ会いたいがためだった。
 なぜ、そんなにも会いたかったのか、バーナビー自身にもわからなかった。
 ただ衝動のままに、バーナビーは市中を駆け巡った。

「どうしたんだよ。捕まえないのか?」

 虎徹は少しも臆せずにバーナビーに近づいてくる。

「知ってるよ。逮捕が難しい場合は、やむを得ず断罪することも構わないって言われてんだろ?」

 いつのまにか、手が届きそうなほど近くに虎徹がいた。
 思わず、バーナビーの方が後ずさる。

「お前もヒーローやってんなら、意味、わかるよな?」

 それは一般市民の知らない、警察も司法局も上層部の一部の人間以外は知らないが、きちんと法的に定められている極秘措置だ。
 ジェイク・マルチネスやルナティックにも同様の措置が取られていたが、指示されたヒーロー達は誰もそれに従わなかった。
 彼らの正義がそれを許さなかったからだ。
 もちろん、虎徹のことも逮捕して正当な方法で罪を償わせようと思っているに違いない。

「でもさ、俺…お前にならいいかな、って思ってんだよ」

 獲物を追い詰める獣のように、虎徹は一歩一歩バーナビーを追い込んでいく。

「もし他の誰かに見つかったら、思いっきり逃げるか、大人しく捕まろうかと思ってた。でも、お前ならいいかな、ってさ」

 背中が壁に触れた。
 吐息が顔にかかる程、虎徹の顔が近づく。
 その顔は静かに笑っていた。

「なあ、バニー…お前はさ、ジェイクの事、憎んでたよな?俺はあいつと一緒だ。数えきれないくらい…覚えていないくらいの人を殺しちまった。相手が犯罪者だからって、奪っていい命なんてない…そうだろ?」

 バーナビーの手が、ふわりと宙に浮いた。
 虎徹がバーナビーの手を取り、ちょうど心臓の真上に置いた。
 鍛えられた分厚い胸板の向こうで、穏やかに波打っている。

「あ、あなたが、そう言ったんじゃないですか…あなたがそれを止めたんじゃないですか!」
 やっとの思いでたどり着いた復讐相手を、手にかけることを止めたのは虎徹だった。
 同じ言葉でバーナビーを諭したのも他ならぬ虎徹だ。

「そうだったなぁ。だから、これが最初で最後だ」

 虎徹の鼓動は少しも乱れない。
 こちらまで落ち着いてしまいそうなほど、規則正しくバーナビーの手のひらに響く。

「頼むよ、バニー」
「…いやです」

 バーナビーはゆっくりと頭を振った。

「バニー」
「いやです…いやだ!」

 涙の向こうに、いつものように笑う虎徹の顔がある。
 それも次第にぼやけていって、もう何も見えなくなる。
 拒絶の言葉も歪んで、嗚咽ばかりが辺りに響いた。

「バーナビー」

 虎徹は、いつもそうしていたように、バーナビーの耳元で優しく囁いた。
 優しさと慈しみと、愛しさに溢れた囁き。
 バーナビーははっとして、思わず顔を上げた。

(ああ…)
(僕は…)

   ここ数日、バーナビーを突き動かしていた衝動がなんなのか、今ようやくわかった。

(僕は…)

 バーナビーはゆっくりと手に力を込めた。
 体の中が急速に熱くなっていくのがわかる。
 秘められた力を、一点に集中する。
 霞む視界の向こうで、虎徹が笑っているのが見える。
 今まで見てきた、様々な虎徹の顔が浮かんでは消えた。

 虎徹は静かに目を閉じて、バーナビーの力の暖かさに身を任せた。

 手を伝う生暖かい血。
 鮮血は視界までも染めて、感覚のすべてを奪っていく。
 酷い耳鳴りのなか、腕の中の彼は最後に…―

「――――――」



 僕の描いていた夢の中には、あなたの姿もあったはずなのに。









絶対にこんな事にはならないと思います