『ヒーロー管理官が美人すぎる件について』



 そんな話題でネットが賑わっているとは、ネイサンに教えられて初めて知った。

 トレーニングを終えたキースは、ユーリに呼び出されて司法局へ向かった。
 ユーリの方から呼び出してくるのは至極珍しい。
 大抵、何かに誘う時はキースからだし、普段の連絡もキースから取ることの方が多かった。
 一体何の用だろうと、胸を躍らせながらユーリの執務室のドアを潜った。
 途端に、目の前に広がった光景に絶句する。

「遅い」

 たくさんの荷包みの真ん中に、今までに見たことない程不機嫌な顔をしたユーリがいた。

 頭を過ったのは、ネイサンに教えられたあのことだった。
 最近、ネット上でユーリのことが随分と話題になっているらしい。
 ヒーロー管理官とは完全に裏方の仕事であり、表舞台に立つことはまず無い。
 ヒーロー関係の裁判にしても、資料は公開されているが、映像や裁判そのものは非公開が原則だ。
 それにも関わらず、ユーリの姿の映った画像や映像が、ネットに流出したことが発端となっているらしい。
 管理官が美人なんて、何をいまさら、と不思議に思うのは身内だけのようだった。
 気難しい顔ばかりが集う司法局の中で、ユーリの容姿はより際立って見えるようで、ネット上では随分な騒ぎになっているのだという。

「…で、これは一体何なのだい?」
「それは私が聞きたいですよ」

 ユーリは憮然と答えた。
 所狭しと並べられた荷物は、全てがユーリ宛だった。
 中には仕事のものもあるようだが、大半は贈り物だった。

「はじめは大した量じゃなかったのに…それが、最近になって、増えてきて」

 重苦しい溜め息をつく。

「何故か、私に雑誌の取材やら、テレビの取材やらも来ているようで…一体、何が起こっているのか、わかりません」

 ユーリは頭を抱えた。
 おそらく、彼は今自分が置かれている状況がわかっていないのだろう。
 最初は放置していた贈り物が増えてきた為、その整理をしたいとキースを呼びつけたのだ。
 荷を解いて、申し訳ないが処分するものと、使えそうだからと持って帰るものとを分けていく。
 危険物と思われるものは届いてすぐに廃棄されているらしく、中から出てくるのは食器類やファッション小物など、いずれも高そうなものばかりだ。
 よく知りもしない相手に、こんな高価なものを送ってくるものだと感心する。

「…取材、受けるのかい?」
「私はそんなに暇ではありませんよ」

 作業をしながら、そんなことを聞いてみる。
 予想通りの答えが返ってきて、キースは安心する。

(…ん?)

 なぜ今、安堵したのだろうとキースは内心で首を傾げる。

「全く」

 ユーリは何度目かわからない溜め息をついた。
 贈られてきたもののうち、かなりの割合をしめていた花束を手に取る。
 それは白い薔薇にカスミソウなどを合わせた、花嫁が持つような真っ白な花束だ。

「こんなものまで贈ってきて、一体何のつもりなのでしょうね」

 ふっと白い花に溜め息をかける。
 色素の薄い髪が揺れて、花と絡んだ。
 そのさまに思わず見惚れる。

「そういう姿も似合うな、君は」

 ユーリを後ろから抱きしめる。
 いつもの香りにまじって、微かに花の芳香がした。

「キース」

 咎める声に構わず、

「すまない、飽きてしまった」

 白いうなじに口付けた。

「キース…執務室でそういうことは謹んでください」

 鬱陶しそうにキースを振り払おうとしたが、キースは抱きしめる腕に力を込めて抗った。

「片付けはもうほとんど終わったじゃないか」
「だから」

 ここは執務室だ、と言い終わる前に、ユーリの唇を塞いだ。
 はじめは抵抗しようとしてか身を捩っていたが、次第に大人しくなる。

「少しくらいなら平気だよ」
「誰か、戻ってきたらどうするつもりですか」

 終業時間はとうに過ぎており、今司法局に残っているのはユーリとキースだけだ。
 けれど司法局にあるユーリの執務室はガラス張りになっており、もし誰かが帰ってきたらと思うと、

「そういうのもたまにはいいと思うよ」
「…あなた、いつからそういう事を考えるようになったのですか」

 ユーリは呆れて溜め息をつくが、キースは彼の体を離さない。
 触れた体から、徐々に速度をあげていく鼓動が伝わってくる。

「…ちょっと、キース…」

 いい加減離せと、ユーリは抗議するが、それに構わず服の上から体を撫でる。

「どうしてだい?」
「…だから」
「君も、止められなくなりそうだから?」

 ユーリの顔が真っ赤に染まる。
 たまにはこうして、ユーリを困らせてみるのも楽しい。
 スーツのジャケットを脱がせて、ワイシャツ越しにユーリの肌をなぞる。
 弱い部分はもう知っているから、そこばかりを執拗に撫でた。

「ふ…っ…」

 ユーリの吐息が熱っぽくなる。
 平らな胸の、一番敏感なところは、すでに固く上を向いていた。
 少し強く、きゅっと抓ると、ユーリの体が飛び跳ねた。

「あぁッ!…っ…!」

 突然のことに、堪える間もなく嬌声が漏れる。
 ユーリは恨めしそうな目を向けるが、熱に濡れた目で見つめられても余計に歯止めが効かなくなるだけだ。
 そっと下半身に手を這わせる。
 一際、熱い場所に触れると、ユーリは首を振った。
 小さな声で、だめ、と窘められる。
 吐息混じりの、そんな可愛らしい抗議で止められるわけがない。
 直接は触らず、ズボン越しに何度も愛撫する。
 焦らすようにゆっくりと、それでもユーリは堪らなそうに背を逸らした。

「っ…はっ…あ、キー…ス…やっ…」

 堪えきれない声が、口に押し当てた手の隙間から零れてくる。
 あまりに焦らされて耐えきれなくなったのか、ユーリの腰が艶めかしく動く。
 そのくせ、まだ理性と葛藤しているようで、時折漏れる声がキースにやめてと懇願する。
 全身を朱に染めて、快楽に身を捩るユーリは扇情的だ。
 普段の冷静沈着で物静かなユーリも好きだが、こうしてキースの腕の中で乱れるユーリも愛しいと思う。
 他の誰にも見せたくない、キースだけが知っている、ユーリの美しい姿。
 ユーリは綺麗だと、周囲の人間は口を揃えて言う。
 会ったこともないような、どこの誰とも知れない人々まで、彼の美しさに気付いて賛美をはじめた。
 けれど、彼らが知っているのは、上辺だけの、ユーリの容姿が美しいということだけだ。
 何もわかっていないと呆れる一方で、それ以上を知る必要はないと思う。
 ユーリの全ては自分だけが知っていればいい。

(私は、思っていたよりも随分と嫉妬深いらしい)

 熱く火照ったユーリを抱き締める。

「キース…?」

 乱れた吐息のユーリに名を呼ばれると、本当に止められなくなってしまいそうになった。

「…さて、このくらいにしておこう。続きは帰ってからだよ」

 そういうと、先程まであんなに嫌がっていたユーリは顔を顰めた。

「…そう、ですか」
「だって、私は何も持っていないから。きちんとしないと君を傷つけてしまうからね」

 乱れた髪と衣服を整えてやり、脱ぎ捨てられていたジャケットを羽織らせる。
 ネクタイをきちんと結ぶと、顔はまだ火照っていたがいつも通りのユーリだ。
 だが随分と不服そうな顔をしていた。

「…キース…」
「ん?だって、今日はうちに泊まりに来るだろう?」

 そんな予定ではなかったが、キースの提案にユーリは異を唱えない。
 代わりに無言でキースに背を向けると、黙々と作業の続きに戻った。
 ユーリ、と呼びかけても返事すらしない。
 どうやら随分と怒らせてしまったらしい。
 ユーリは怒ると…というよりは、拗ねると、まるで子供のような態度になる。

(君は私だけに独占されていればいいよ、なんて)

 彼に伝えたら、余計に起こるだろうか。
 こっそりとユーリの横顔を覗く。
 丹精な顔立ちが、不機嫌そうに顰められていた。
 他の人々はおそらく、そんなユーリの顔すら知らないだろう。
 そう思うと、キースの口元からは自然と笑みが零れた。









たまにはあまりアホの子でないキースを