爽やかな朝の光がブラインドから差し込んでくる。
 何度止めても繰り返し鳴り続ける目覚まし時計の音に、心地良く微睡んでいた意識がようやく覚醒する。
 それでもベッドから起き上がる気になれず、毛布にくるまって目を閉じた。
 まだ昨夜の熱が体内で燻っている。
 体の中に感じる心地よい違和感。
 朝の空気と夜の余韻に、もうしばらく身を委ねていたかった。
 が、

「おはよう!そして、おはよう!」

 いつも通りのテンションで、キースがユーリの体を揺すった。
 この時ほど、彼を鬱陶しく思うことはない。

「朝だよ!そろそろ起きないと遅刻してしまう」

 容赦なく毛布を引きはがされる。
 ユーリがすでに目覚めていることがわかると、ユーリの都合などおかまいなしに抱き起した。

「…キース」

 いつもよりも格段に低いトーンで抗議しようとして、しかしその唇はキースに塞がれてしまった。

「さあ!もう朝ご飯はできているよ。早く顔を洗ってきたまえ」

 キッチンからは朝食の良い香りが漂ってきていた。
 ユーリは憮然とした顔のまま、しかたなくキースに従った。
 素直に従うのは不満だったが、時計の針はもう起床を予定していた時間をまわっている。
 手早く顔を洗い、手櫛で簡単に髪を整えてキッチンに向かう。
 二人分の朝食が並べられたテーブルの前で、キースと、その足元に愛犬のジョンが行儀よく座って待っていた。
 ジョンはユーリを見ると嬉しそうにしっぽを振った。

「…そっくりですね」
「ん?何か言ったかい?」

 今日の朝食はトーストに、目玉焼きとサラダ、コーヒーがついていた。
 ブラックが飲めないユーリの為に、コーヒーにはたっぷりとミルクが入っている。
 自宅でも職場でも紅茶しか飲まないが、逆にコーヒーばかりを飲むキースの部屋にいる時はこうしてカフェオレを作ってもらう。
 暖かいカフェオレを一口飲む。
 少量をゆっくりと食べるユーリが、トーストにハチミツをたっぷり塗り始めた頃には、キースは二枚目の目玉焼きの黄身をすすっていた。
 キースが食べる量は、ユーリの軽く2倍はある。
 朝からよくそんなに入るものだと、いつも感心する。しかし、

「…それはやめて、と言っても無駄でしょうね」

 幾度となく行儀が悪いと言っているにも関わらず、キースのその癖は治らない。
 最近ではその姿が微笑ましいとさえ思ってしまう。

「君だって、ハニートーストを食べる時に、染みこんでいるハチミツを吸ってから食べる癖があるだろう」

 それはキースに指摘されて初めて気が付いた。
 人の事は言えないぞ、とキースは笑った。
 ユーリのちょっとした癖や嗜好を見つけるたびに、キースは嬉しそうに笑う。

「さて、ごちそうさま!そしてごちそうさまでした!」

 いつのまにか、キースの前の皿は全て綺麗に空になっていた。
 ジョンもすでに食べ終わっており、ユーリの足元に擦り寄ってきた。

「こら、ユーリの邪魔をしてはいけない。ユーリ、間に合うかい?」
「大丈夫…だと思います」

 そもそも、朝食の量が普段よりも多い。
 ユーリは朝から食欲がある方ではなく、紅茶だけで済ませてしまうことも多かった。
 食べ切れないほどではないが、サラダがなかなか減らない。

「…で、貴方は何をしているのですか」
「仕度を手伝うよ」

 まだ解いたままのユーリの髪を、キースは丁寧に整えはじめた。

「これが一番、時間がかかるだろう?」

 癖の強いユーリの髪は、手入れに時間がかかる。
 しかし手を抜いて絡まった髪のまま出勤するわけにはいかない。
 きちんと整えて、いつもの黒いリボンで結う。
 不器用なキースは、はじめは上手くできずにユーリに余計な手間をかけさせてしまった。
 それが今となっては、器用にブラシをかけてきっちりと結んで…

「あ」

 キースが声をあげて手を止めた。

「キース?」
「いや…その…どうしても、髪は結ばないといけないのかい?」

 職業柄、髪型は地味に越したことはない。
 ユーリの長髪も、きちんと括っているからこそ認められているようなものだ。

「今日は気分転換に、おろしていくのも…」
「貴方たちのような職業と一緒にしないでください。もう食べ終わるから、自分で…」
「あっ」

 振り返ると、キースは顔を赤くして慌てふためいていた。

「先に謝っておこう!すまないっ…そして、すみませんでした」
「いったい何事ですか」
「いや、昨日…夢中で」
「だから、何」
「絆創膏でも貼ろうか」
「な…」

 そこでようやく気が付いた。
 思わず首筋に手を当てる。
 頬が勝手に紅潮していくのがわかった。



「…いってくるよ、ジョン」
「いってきます」

 顎のあたりを撫でてやると、ジョンは気持ちよさそうに目を閉じて、ワンと鳴いた。
 キースは抓られた頬を何度も撫でた。

「仕方ないだろう。君があまりにも…」
「次やったら、目玉焼きを一カ月禁止にします」
「そんなっ」

 シャツの襟でなんとか隠れる位置だった為、髪はきちんと括ることができた。
 けれど、何かの拍子に見られてしまうかもしれない。
 確か今日は、人に会う予定はなかったはずだ。
 できる限り執務室で過ごそうと、ユーリは朝から重苦しい溜め息をついた。

「では、私はこちらなので」

 不機嫌を隠さずぶっきらぼうに言って背を向けた。
 このくらいしないと、この天然男は同じことを繰り返すのだ。

「あっ、ユーリ!」

 ユーリは足早に去ろうとしたが、仕方なしに振り返った。

「なんですか」
「今日は、いってきますのキスがなかったのだが…」

 ここはすでにモノレールの駅前だ。
 こんな公衆の面前で…

「……………こんなところでできるわけがないでしょう!」

 ユーリは容赦なく一喝すると、項垂れるキースを残して改札を通った。
 本当に、あの能天気なドがつく程の天然にはほとほと呆れる。

 それを、いつも笑って許してしまう自分の方はどうしようもないな、と再び溜め息をついた。



                   ―honey,honey









22話にて明かされた衝撃の事実を空月で。
暗い話しかおいてなかったので、
たまには甘いやつを。

ここでのキースとユーリは一緒に暮らしているのではなく、
たまにキースの部屋へ泊りに行っている感じです。